失敗を乗り越えた人物

100の失敗をしたとしても、101回目に成功をすれば、その人は成功者となれますよね。失敗をしたときにそこでくじけてしまっては、成功を引き寄せることはできません。梶原吉広さんはこの失敗をしっかりと乗り越え、成功を引き寄せることが出来た人物の一人と言えます。梶原吉広さんは現在シンガポールに在住している実業家ですが、もともとは日本で、ソーシャルゲーム事業で成功した会社を起業した人物としても知られています。

梶原吉広さんが成功させた企業は株式会社gloopsという会社です。2010年に「大熱狂!!プロ野球カード」というソーシャルアプリをリリース後、数年たった現在でも人気を誇るアプリを作った会社です。もともと梶原吉広さんはIT業界を目指して起業をした人ではなく、ここまでたどり着く間にもいくつかの挫折を繰り返してきた経験を持っていたようです。

梶原吉広さんの人生設計において最初の挫折は、高校を卒業後に選んだ進路だったのではないでしょうか。ファッションデザイナーになりたいという夢を持って、服飾の専門学校に入学をしたそうです。IT分野も決して簡単な分野ではありませんが、服飾の分野はかなり厳しい分野としても知られています。専門学校を卒業しても、多くがショップ店員として働く姿をみた梶原吉広さんは、ファッションデザイナーへの道はあきらめることになります。地元を離れ、東京に出るという決意をし、梶原吉広さんは上京したといいます。

2005年になると、梶原吉広さんは友人ら3人と共に資本金300万円で広告代理店を起こしたそうです。有限会社グローバルメディアソリューションという会社で、この当時は紙媒体の広告を取り扱うという事業を主にしていたそうです。徐々にインターネットの発展、SNSの流行などが起こり、梶原吉広さんがソーシャルゲームに出会うことで、設立した会社の事業の中心が、広告事業から徐々にSNSへとシフトチェンジを行うことになります。

ただ、SNSは簡単に成功させられる分野とはいいがたく、梶原吉広さんたちはかなり苦労をしたようです。苦労の末に成功のカギとなった「渋谷クエスト」を開発リリースし、その後はかなり順調に会社を成長させることに成功しています。有限会社グローバルメディアソリューションは、2011年に株式会社gloopsに社名変更を果たし、ソーシャルゲーム事業を行う会社となりました。

2012年には梶原吉広さんは会社を売却し、300億とも言われている資産を築き、現在シンガポールで実業家として活躍をしているそうです。失敗をしっかりと乗り越えた結果に勝ち得た成功といえますよね。